たまには旅の話でも<br>−ゲスト 在本彌生さん−

たまには旅の話でも
−ゲスト 在本彌生さん−

トラベルカルチャー雑誌 『TRANSIT (トランジット)』の加藤編集長と、林副編集長による人気連載企画。今回は林副編集長が、世界を飛び回りながら刺激的な写真を撮り続けているフォトグラファー在本彌生さんと対談。女性ならではの視点で旅について語り合いました。

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スマホで簡単に撮れる時代だったら、ここまで熱心にやっていなかったかもしれない(在本)

 在本さんはもともとキャビンアテンダントだったんですよね。

在本 アリタリア航空に14年間勤めていて。2006年5月に会社を辞めてフリーランスのフォトグラファーになったんです。

 写真に興味を持つようになったのは、乗客の方に薦められたからだと聞いていますが。

在本 フライトの仕事は楽しかったんですけど。何かカタチに残るものが欲しいという話をしていたら、「写真が面白いんじゃないか」とお客さまがおっしゃって。今ならケータイやスマホで簡単に写真が撮れますけど、その頃はまずカメラを買わなくちゃいけない。本格的な一眼レフを買うとなればお金もかかるし、勇気がいるじゃないですか。

 一眼レフだと技術も必要ですよね。

在本 そう、最初はどうしようかと思ったんですけど。そのお客さまが「いま新橋のウツキカメラで、ティアラってコンパクトカメラが2万9800円で売ってるよ」って。「集合写真しか撮らなくても、そのカメラなら持ってても邪魔にならないし試しにやってみたら」って、すごい具体的なアドバイスをくれたんです。

 フジフイルムのティアラ、私も持ってました。雑誌の編集者にあこがれていた高校時代、写真家志望の友人に薦められたんですよ。

在本 えぇ~、そうなんだ。それで言われた通りに買いにいったんですよ。それが始まりで。

 旅が好きな方に写真好きは多いですよね。

在本 うん、多いですよね。撮るために行くみたいな、モチベーションがクロスオーバーする感じ。そういう意味では、当時今みたいにスマホで簡単に撮れる時代だったら、ここまで熱心にやっていなかったかもしれない。

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ダメでも良いでも、人が私の写真から何かを感じてもらえるのかを知りたかった(在本)

 でも、趣味から始めてプロになるまでには長い時間がかかりますよね。

在本 薦められるがままにカメラを買ったのが28歳くらい。そこから会社を辞めるまでは10年近い期間があって、ずっと趣味で撮ってたんです。当時は写真で生計を立てるなんて想像もしていなくて。そもそも私の周りにそんなことをしている人は誰もいなかったですから。

 表現が悪いですけど、写真を撮るという行為はいわゆる自己満足だったわけですよね。

在本 そう、完全に自己満足。キャビンアテンダントって普通の人よりも休みも多いし、独身だったし、あの頃は時間がすごくあったんでしょうね。趣味とはいっても、引き伸ばし機を買って自宅に暗室を作ったりして。

 へぇ~、写真好きのオタクみたいな(笑)

在本 そうそう。オタクですよ。『暗室作業入門』みたいな本を買ってきたりして、誰にも教わらずにやってたんです。でも、そのうちに趣味とはいえ誰かと意見交換したくなって。

 ですよね、自分で撮ったものを人に見せていないわけだから。

在本 そのあたりから、いま考えると恥ずかしいんですけど、自分の撮った写真を持ち歩くようになって。飛行機の中でフォトグラファーを見つけては写真を見てもらってたんです。

 いまだったら、SNSとかありますけどね。

在 それこそInstagramがあればいくらでも発表できたけど、そういうものが一切ない時代の話だから。

 でも、やっぱり誰かに見せたくなりますよね。

在本 ダメでも良いでも、人が私の写真から何かを感じてもらえるのかを知りたかった。その頃に、写真のワークショップの案内をチラシで見つけて、そこへ行くようになったんです。1年半くらい通ったのかな。そのワークショップが終わる頃に展示会のお誘いがあって、32歳で初めての個展を開いたんです。そこからさらに本気になって、もっと精度を高めていきたくなったんですよ。

 それが何年くらいですか。

在本 個展は2002年、2003年と1回ずつやって。2003年のときに『エスクァイア』の編集の方が見にきてくれて仕事をくれたんです。それからは、フライトをしながら休暇になると写真の仕事をして。そんな生活を3年続けた頃、会社を辞めようかなって。写真が面白くなってたし、あとは理由なき楽観主義。会社を辞める区切りとして、2006年の5月に写真集『MAGICALTRANSIT DAYS』を発表してフリーランスになったんです。

 まさしく世界各地の写真が収められた写真集ですよね。あそこには写真を始めた頃からのものが入っているんですか。

在本 そう、全部入ってる。そのときはまだプリントも始めたばかりで、必死にやりながらなんとか一冊になった感じなんです。

 写真を始める前と後では、生活に何か変化はありましたか。

在本 そこまで大きな変化はないけど、何をするにしても自分をウキウキさせることができたというか。もともと旅がすごい好きで、写真を撮る前からいろんなところをひとりで歩いてたんですけど。

 もともとアクティブではあったんですね。

在本 ひとりで行くのが好きでしたね。あと、もともと視覚的な刺激が好きだったんです。美術館に行くとか、あとは映画も好きで。アリタリア航空に入ったのも、イタリアの映画を観て「私はイタリアに呼ばれてる」って勝手に思ったから(笑)。

 視覚的な刺激といえば、在本さんの写真って本当に刺激的だと思うんですよ。

在本 あ、ほんと?

 ゾクッとしますね。かわいいとかキレイとかいう写真じゃない(笑)。

在本 そうだよね~。

そこにあるものが、無自覚であるがゆえに強烈に美しいときがある(在本)

 どんな瞬間に心が動かされて、シャッターを切っているんですか。

在本 そのことについては、新しい写真集を作るときにすごく考えたんです。自分の写真をずらっと並べて、何で自分はこれに惹かれて撮ってるんだろうって自問して。そのときに思ったのが「そこにあるものが、無自覚であるがゆえに強烈に美しいときがある」ってこと。例えば、『TRANSIT』のミャンマー号で撮った船を運ぶ男たちの写真なんですけど、この人たちは必死だからなりふり構っていなくて、私が写真を撮っていることも意識していない。とにかく必死。そういう自ずと発せられるエネルギーに心が動かされるところはありますね。

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 私はヒマラヤ号に載っている、皮を剥がれた水牛の写真が強烈で。直視できないんですけど…。

在本 そうかそうか、こういうの怖いんだね。

 はい、怖いです。これも確かに無自覚というか。

在本 皮を剥がれた水牛が、薄暗いところに無自覚に立てかけられていて。その白い肌が光でぼんやり浮かび上がる、そこにおそるべき美しさがあるんです。田舎というか未開の地には、そういう美しい光景がものすごくたくさんあって。

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 あと、被写体との距離がわりと近いですよね。

在本 ランドスケープ的な写真はあまり得意じゃないかも。

 料理の写真も印象的でした。無自覚ではあってもそこに意思のようなものが存在して、なんだか艶かしいんですよね。

在本 いろいろなシーンでそういうことを感じながら、旅先でも見ています。

 一時期、馬にすごくハマってらっしゃいましたよね。

在本 『フランスの馬』ってページをフランス号でやらせてもらったんですけど。私はこの写真がすごい好きで。いろんな境界を超えているというか、何かの化身のような気がして。聖なる存在にも感じるし。見てすごいなと感じるものを撮っているんですけど、写真はその先に行ける。写真っていろんな表現の仕方があって、その幅が無限なので興味が尽きないですね。

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旅の荷物は、とにかく最小限で小さいサイズのものを選ぶ(在本)

 仕事でもプライベートでも旅に行かれることが多いと思いますが、そこに何か違いはありますか。

在本 仕事で行けばアポイントメントが1日に何件も入っていたり、自分の行きたいところに行くのを我慢したりとかありますけど、それ以外は変わらないですね。幸いにも自分が興味のあることをオファーしていただくことが多くて。仕事とはいえ、自分が撮りたくて旅に出るときと変わらないです。林さんは?

 私はプライベートだとメモとかを一切とらないので。よほど気になったときだけケータイでメモをとったり、写メを撮るくらいですね。でも、職業病なのか、知らない土地に行くとこのあたりの人は何を信仰して、いつくらいから住み着いたのかとかが気になって地元の人に聞いちゃいますね。

在本 でも、自分の興味に素直になっているだけでしょ?

 そう、単純にその旅が楽しくなるっていうだけですね。それを知ることで自分が納得するだけです。そう考えると、プライベートの旅も仕事の延長線上にあるともいえますし、まったく別のものではないですね。あと、女性の旅は荷造りに手こずりがちですが、客室乗務員をされていた頃の経験がパッキングに生きたりしていますか?

在本 すごく生きてますね。とにかく最小限で、なんでも小さいサイズのものにしています。あと、兼用できるものが好き。ただ、どうしても省かないものは音楽です。いまはスマホがあればいいけど、昔はウォークマンとカセットテープだったから、あれって荷物になるんですよね。南米を旅してたときも、それだけは持って行ってた。

 その国をイメージして編集したりもしたんですか。

在本 そうそう。でも、現地で買うことが多かったですね。それがすごく楽しいですよ。私は何でも現地調達するのが好きで、アクセサリーとか洋服とか。

 なるほど、荷物は身軽なんですね。

在本 特にフォトグラファーの仕事を始めてからは、機材がすごい荷物だから機材優先。そうすると、自分の荷物は最小限にしないと。南米のときなんか、長袖のTシャツ3枚、フリース、ボトム2着、下着3組で行きましたよ。でも毎日洗濯したから問題なかった。

 在本さんはヒールを持って行くと聞いたんですけど。それを知って「素敵だなぁ~」って感心して。

在本 今日はちょっといいディナーに行こうとかいうときに、ちょっと気分が変わるじゃない? だからシワにならないワンピースとかも絶対に持っていく。靴に関しては荷物に余裕があるときだけですけどね。

 私もワンピースは一着持って行こうとは思いますね。

在本 ドレスアップして見えるし、女性にとってはいいよね。

 あと、写真家のアリコさんにおすすめされて以来、ずっと持って行っているのは水着ですね。下着代わりにもなるし、海外は温泉でも必要だし。泳ぐことがなくても持っていきますね。あと、洗って干しても恥ずかしくない。

在本 あぁ~、それはそうだね。

 新しい写真集はタイトル決定ですか?

在本 うん、『わたしの獣たち』。

 かっこいい~。

在本 この記事がアップされる頃には発売されるかな。なんと288ページもあるんですよ。初の写真集から過去9年の写真がいろいろ入っているんですけど、自分が生き物であることを目覚めさせる瞬間というか。そういうものがいま世間で求められている気がするんです。だから、獣だけでなく、人も含めて生きているものの時間やカタチが感じられる瞬間をまとめています。

 すごく楽しみ、発売が待ち遠しいです! 今日は本当にありがとうございました。

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  • 1旅に本は欠かせない。
  • 2コンパクトになるのでお気に入り、無印良品のトラベル用変換プラグアダプター。
  • 3ノートも必需品。仕事の打ち合わせ~旅日記までノートを分けずに一冊にまとめている。
  • 4首からぶら下げられるのが便利なボールペンは、コードをレザーにカスタム。
  • 5蓋がお香立てになるインセンスケース。
  • 6果物を剥いたりなど、オピネルの折りたたみナイフは一本あると便利。
  • 7雨具として使っている、トレンチコートのようなデザインのフード付きコート。同素材の収納ケースは旅先でのサブバッグとしても使える。
  • 8普段使いしているコンパクトなデジタルカメラ。
  • 9安宿でも快適な睡眠が得られる、シルク製のボックス型シーツ。
  • 10顔も髪の毛も手も、これひとつで潤いがまかなえるアルガンオイル。メイク落としにもなる。
  • 11肌寒い日や、肌を見せたくないとき、イスラム圏ではビジャブ代わりになど、何かと使う場面の多い大判ストール。
  • 12小さくたたんでもシワにならないシルク素材などのワンピース。旅先でのディナーに最適。
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在本彌生 Yayoi Arimoto

東京生まれ。
外資系航空会社で乗務員として勤務、乗客の勧めで写真と出会う。
以降、時間と場所を問わず驚きと発見のビジョンを表現出来る写真の世界に夢中に。
2006年5月よりフリーランスフォトグラファーとして活動を開始。
現在も、美しく奇妙、クールで暖かい魅力的な被写体を求め、世界を飛び回り続けている。
雑誌多数、カタログ、CDジャケット、TVCM、広告、展覧会にて活動中。
http://yayoiarimoto.jp/

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『わたしの獣たち』
青幻舎・刊 ¥3,500(+tax)

「遠い国の寒い島で風に吹かれ佇む人、渇いた町で見かけたガスメーター、書き割りの前に立つカメラマン、吹雪の中で見つけた馬の群れ……美は不意に目の前に現れ、その無自覚でむき出しな有り様に心を掴まれ、敬服し、私は写真を撮る。そうして集まった9年分のわたしの美しき獣たちが、この本に集約された」
世界を漂いながら書き綴ったエッセイ5編、小林エリカ氏の寄稿文も収蔵。