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一期一会  選・桑原茂一 ゲスト:川崎あゆみ

一期一会  選・桑原茂一
ゲスト:川崎あゆみ

フォトグラファーやスタイリスト、ヘアメイクからDJまで幅広いクリエーターをマネージメントしている川崎あゆみさん。今回の取材場所となったギャラリー「AL」も運営するなど幅広く活躍されています。今回は、縁の下の力持ちであるマネージメントというお仕事についてや、その原点となる川崎さんの幼少期、さらには現在のシーンまで本音で語っていただきました。

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編集の仕事と同時進行でKiKiを始めました(川崎)

桑原 川崎さんの会社(KiKi)は、スタイリストやヘアメイクといったクリエーターのマネージメントをやられていて。そこには田中知之さんなど音楽系の方もいらっしゃって。

川崎 そうですね。あとはイベントや展覧会、カタログなどの企画制作・プロデュース、及び原盤制作、出版管理などを手掛けています。

桑原 どういうきっかけでマネージメントの仕事をするようになったの?

川崎 編集者として入った報雅堂という会社が、当時ピチカート・ファイヴやテイ・トウワさんのマネージメントを始めたばかりの頃で。

桑原 えっ、編集者だったの?

川崎 そうですよ。その前は大手出版社にいて、報雅堂のあとも『smart』編集部との契約で3年ほどデスクがありました。

桑原 ということは、編集をしながらマネージャーをやってたんだ。

川崎 そうなんです。報雅堂での環境のせいか周囲からマネジメントの相談を受けることが増えていって。契約社員でしたから他にも自分の仕事を持てる状況で、さらに携帯電話が自分でも持てるサイズ&価格の時代になったので「これがあれば両立できるかな?」と同時進行でKiKiを始めました。昔の編集者は原稿を頼むにしても、まずお手紙を書いて、それが届いた頃にお電話をするっていう時代でしたから(笑)。

桑原 そうだよね~。

やっぱり人助けがキッカケになることが多いんだね(桑原)

桑原 KiKiの初期はどんな人たちの集まりだったんですか?

川崎 スタイリストの中山まりこと河部菜津子のふたりです。中山は『MADISONBLUE』というブランドが大ブレイクしていますし、河部は『725』という話題の店も経営しながら今もスタイリストとして活躍しています。他のメンバーは入れ替わりもありますが、長年在籍している人も半数以上います。

桑原 今ではさまざまな分野のクリエーターが30人近くもいてすごいよね。そもそもはどうやって始まったの?

川崎 きっかけは、ふたりに頼まれたからですね。

桑原 やっぱり人助けがキッカケになることが多いんだね。

川崎 そうなんですよ! だからそろそろ自分の好きなこともやらないと…(笑)

桑原 あははは。

川崎 でも、当時クリエイターのマネージメント事務所もまだ少なかったですし、スタイリストのマネージャーってほとんどいなくて。それと、あの時代は「うちのフォトグラファー◯◯を出してあげてもいいわよ」みたいな上から目線の人が多かったんです。私としてはもっとフラットに「みんなで一緒にいいものを作ろうよ!」って感じだったので、そこを変えたかったのもありましたね。

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母の実家がお寺だったことは、ほんの少しですが影響はあったかも(川崎)

桑原 そうなんだ。川崎さんってどういうご家庭で育ったんですか?

川崎 父は法律関係の専門誌の編集者で。そんなに厳しくもなく普通の家庭でした。母親は専業主婦で2人姉妹という家族構成です。

桑原 とはいえ、わりと洋風でモダンな生活だったり。

川崎 いや、普通ですよ。それよりも母の実家が下町のお寺で、何か今に影響があるとすればそれかも、と妹ともよく話しているんです。お寺の行事のときにお檀家さんを大勢お呼びしていたんですね。大晦日は護摩を焚いて、200人近くのおせちとお雑煮を作ってお出しするので、子供の頃は毎年手伝いに行っていたんです。ウロウロしているだけでしたけど、そこで目にしたものは人間模様からバックヤードのオペレーションまで、今思えば私たちの成長に大きく影響しているかもねって。

桑原 仕切るっていう目線が小さいときからあるんだね。でも、200人ってすごい。たぶんそれは学んでわかることではなくて、身体に染み込んでるんだろうね。歌舞伎の世界と一緒で、小さい頃から身近にあってそれが職業になる。学ぶというより身体で覚えるみたいな。

川崎 う~ん。

桑原 僕はいつも思うんだけど「川崎さんに頼めば大丈夫」っていう安心感があるんですよ。

川崎 え~っ!

桑原 この業界はいろんな話があるけど、途中でうやむやになることが多くて。でも、川崎さんは難しい案件でも最後まできちんと着地させているイメージがあって。その佇まいも含めてね。

川崎 私は何もしてないですよ(笑)。

桑原 いつもそう言うんだよ(笑)。だからこそ、どういう子ども時代を過ごしたのか興味があって。

川崎 昔から頼られやすい性格ではありましたね。小学校のときはずっと学級委員をやっていました。そうそう、幼稚園のときに発達障害の子が何人かいて、彼らはお昼になるとなぜか私のところに集まってくるんです。それで毎日のようにごはんを食べさせてあげていました。

フリーランスのスタイリストでも子育てをしながら働くことは難しい時代でした(川崎)

桑原 やっぱりいまの仕事につながっているんですね、納得しました。それと、この連載では女性が働くこと、その環境についても考えていきたくて。

川崎 KiKiを立ち上げた20数年前は、フリーランスのスタイリストでも子育てをしながら働くことがまだ難しい時代でしたね。それを考えると、女性が働く環境は徐々に整ってきているとは思います。私が社会人になる頃、男女雇用機会均等法が制定されたんです。とはいえ、すぐに社会が変わるわけもなく…。最初に勤めていた出版社は女性の出産や子育てに当時でもかなり手厚い会社で、新聞社から転職してくる女性もいました。そのときは私も若かったので、「子育てのためにせっかく入った大手新聞社を辞める人がいるんだ!」って驚きました。

桑原 うんうん。

川崎 他にも、学生時代に百貨店で働いていたことがあって。売り場はほとんど女性なんですけど、部長クラスから上は当時みんな男性で。出版社もそうですが、仕事ができる女性がいっぱいいるのになんでだろう? って。出世をしたいわけではないですけど、そのときに女性が上に立つのは難しいんだなってわかったんです。

桑原 悟ったんだ。

川崎 それからは就職したいと思わなくなって、何か自分でやりたいなって。

桑原 同級生の友だちも同じ感覚だったのかな。

川崎 独特かもしれないですね、当時そういう話を友だちとした記憶がないので。

桑原 でも、自分らしく生きようと思うには、何かしら自信があったわけでしょ? そうでなければ何かに寄り掛かろうと思うはずで。

川崎 根拠のない自信はありました(笑)。あれはなんだったんだろう?

桑原 小さい頃からいろいろやってきて、その積み重ねが自信になって、次の高い山へと登っていったんだと思う。

川崎 大きい山を目指すとか、あまり考えないんですよね。

桑原 登っていく人は、それが自然で自分では考えないよね。

川崎 どうなんですかね。報雅堂にいたときも、KiKiを始めた30代も、今思えば目の前のトラブル処理ばかりしていたような気もします…。

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業界の保守化は「対抗しても無理」くらいまできている(川崎)

桑原 自分の会社をこうすれば社会の歪みがなくなるとか、何か気をつけたポイントがありますか?

川崎 う~ん、社員に対しては当たり前ですが社会保険にちゃんと入ることくらい。当時はみんな若くて毎日遅くまで仕事していましたけれど、最近は結婚したり、子供のいるスタッフもいて、助け合いながらどうにかやっています。

桑原 最近はクライアントも社会も保守化してきているけど、そこはどうですか?

川崎 もう誰かが「変えていこうよ!」と言って変わる状況じゃないかもしれないですね。どうにか乗り越えていくしかない。「対抗しても無理」くらいまできていますね。

桑原 クリエーションの質はどうですか? 

川崎 たとえばファッションに関しては、才能のあるデザイナーというよりも、フォロワーの多いディレクターみたいな人がウケていて。簡単に何かを発表できるけど、それが長く認められるかは別問題ですよね。ですから、自分の考えていた文化とは違うものが主流になっているように感じることもあります。一方で、「あとは勇気を出すだけなのに!」という人もいて。

桑原 いまは結論を先延ばしするような社会だからね。

川崎 私が会社を始めた20代の頃は、お金を出せば口も出すだろうということで、スポンサードしてもらうなんて少数派でしたけれど、最近はそういうやり方も一般化していて。そこをうまくやれる人もいるだろうし、今のほうが環境としては整っているはずなんですよ。

桑原 チャンスはあるんだね。働きに来る人は時代とともに変わった?

川崎 マネージャー希望の人で昔から未だに多いのは、クリエーターを自分で簡単にプロデュースというか、コントロールできると思っている人ですかね。それはちょっと難しいですよね。変わったのは、どんな仕事をさせてもらえるのかよりも、定時で帰れるのか、休みがきっちりあるのか、有給は何日あるのかということをまず気にする人が増えたことですかね。

桑原 それも保守的な時代の表れ?

川崎 まあ、あたり前の主張なので否定する気はないですけど。「この業界でも仕事とプライベートの距離を取りたい人がこんなに増えたのか!」と。

桑原 仕事とプライベートの境界線なんて考えず、「今こんな面白いことができて楽しい」っていうのが本来だよね。

川崎 私もそう思っていましたけど、今はそうじゃないみたいですね。とはいえ、働き方についてはいま社会問題にもなっていますし、仕事を続けるためにも大事な課題として取り組んではいますけれども。

桑原 川崎さんへの信頼の背景が今日の話でより明確になりました。また広告の現場からの意見はとても貴重で、改めて、社会の変革期なんだと実感しました。今日はありがとうございました。

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no. 01
Town Called Malice
The Jam

初めての外タレコンサートはThe Jam@新宿厚生年金でしたが前座の東京ブラボーの衝撃の方が強かった…かも?(笑)

no. 02
Do the Pithecan/Happy Age
Melon

初めてのクラブは、ピテカンでのサンデーピクニックという未成年オンリーの昼間のイベントでした。その時貰ったメロンのメンバー全員のサインは今も大切に取ってあります。

no. 03
Marcia Baila
Les Rita Mitsouko

初めてのアルバイトは当時一番おしゃれなカフェだった(笑)アフタヌーンティー@渋谷パルコ店でした。そこで毎日かかっていた、今でも聴くとアガる大好きな曲。

no. 04
東京は夜の7時
ピチカート・ファイヴ

スタッフとして右往左往していた当時のことは今でも昨日のように思い出します。小西康陽さん監督のビデオのスタイリングはkikiの梅山弘子。先日のリオの閉会式でかかったのも感動的でした。

no. 05
I Will Catch You
Nokko

音楽のプロデュースはテイ・トウワさん、ジャケは仲條正義さん。エレン・ヴォン・アンワースの撮影を取り仕切った木之村美穂さんは当時海外レップとして大活躍されていて、今の仕事に強く影響を受けました。スタイリストの中山まりこともこの仕事で親交を深めたことからkiki発足へ。

no. 06
Beautiful Days
Fantastic Plastic Machine (FPM)

KiKi 8年目にして初めての音楽部発足時、私は30代。音楽業界は今よりも景気の良い時代で、LAロケに。この曲を聴くと当時のドタバタが蘇ります。

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みなさんこんばんは、桑原 茂→です。
今回、お話を伺った川崎あゆみさんとは、ファッションショーの現場でお会いすることが多く、イメージはどうしてもあの張り詰めたショーの現場での笑顔と緊張感。ということで今夜の「Pirate Radio」 はパリ・コレクションの為に選曲した音楽を紹介させていただきます。
さて、新しい未来を提案するファッション・ショーでの選曲は、当然、新しい音楽の競演の場とも言えますが、私の選曲は、時代の背後に潜む言葉にならない空気感を表したいと考えていました。後付けですが(笑)。幾重にも積み上げられた歴史のどの階層に忍び込むのか。直感だけを頼りに音を紡ぎ縫う選曲。答えのない選曲。顔のない選曲。ショーの現場に集う個性ある人々が赴くままに想像する選曲でありたい。それは、批評する音楽でも、解説する音楽でもない。
さらに、今夜の選曲は、偶然保存していたカセット音源やVHS音源などからのコラージュです。音量、音質、などの不備も多少ありますが、リアルなコレクションの雰囲気を感じ取って頂ければ幸いです。尚、今回のコラージュ選曲はYouTubeへのリンクは控えさせていただきました。それでは最後までごゆっくりお楽しみください。
初代選曲家 桑原 茂→

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Photo Collage 桑原 茂→

「Comme Des Garcons Homme Plus 90's Mix」

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川崎あゆみ|AYUMI KAWASAKI

出版社勤務などを経て1993年よりKiKiinc.設立。
クリエイターやミュージシャンのマネージメントを軸に様々なプロダクション業務も行う。
2011年末にオープンしたスペース「AL」のプロデュースも務めている。
www.kikiinc.co.jp
www.al-tokyo.jp

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